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1. 京都大学法科大学院への入学、おめでとうございます。晴れて入学された皆さんにおかれましては、修了までの間、互いに励ましあい、切磋琢磨し、努力を重ねて研鑽を積み、何よりも人間性を磨くことで、立派な法曹となるための礎を築くことを切に希望します。
2. 皆さんもご案内のとおり、わが国の法科大学院制度は、平成16年4月に、司法制度改革・法曹養成制度改革のひとつの要として発足しました。その際、社会のすみずみにまで「法の精神」がいきわたった、自由で公正な社会を実現するため、法の担い手である法曹の質と量の向上をめざすことが、法曹養成制度に、したがってまた、その中核を担う法科大学院に対して求められました。
さらに、教育としての法曹養成の側面をみれば、それまでの旧司法試験時代の制度のもとでは、実務法曹になるには、年に一度の司法試験を受験して合格すればよく、受験生がどのような学習経験や社会経験を積んできたのかは問わなかったのに対し、新たな法曹養成・法科大学院制度のもとでは、法律の専門知識や理論について体系的・段階的に教育を受けることで、十分な法的思考能力を身につけた人たちに実務法曹となってもらいたいとの想いから、プロセスとしての法曹養成教育という面が強調され、さらに、理論と実務の協働による教育の実施という面が重視されるようになりました。
3. このような法曹養成・法科大学院制度に対して、今般、非常に厳しい声が各方面から寄せられています。とりわけ、法科大学院での教育に関していえば、「プロセスとしての法曹養成教育」という言葉に安住し、「法科大学院での教育課程を経て、法曹になろうとする人たちの質が確保されていないのではないか」とか、「法曹養成制度・法科大学院制度本来の趣旨に沿った、良質で効果的な教育を、各法科大学院が果たして実践しているのか」などといった声が聞かれます。
皆さんもご承知のように、予備試験の制度が今年度より実施されるなか、わが国の各法科大学院は、こうした批判ないし疑問の声に対して正面から反論することのできる法曹養成教育を実践しないと、法曹養成制度改革でめざした枠組み全体が瓦解してしまうのではないかという危惧すら感じるところです。
4. そのようななかで、私ども京都大学法科大学院は、良質の法的サービスを国民に対して提供することのできる法曹を、数多く世に送り出すべく、多くの研究者教員と実務家教員が協力し、一丸となって教育をおこなってまいりました。そして、これに応えるべく、ひたむきに研鑽と努力を重ねた先輩諸君の頑張りもあって、これまで、多くの修了生を、優秀な実務法曹として送り出すことができ、これにより、国民の負託にこたえてきたという自負が、私どもにはあります。「法科大学院での教育課程を経て、法曹になろうとする者たちの質」は、京都大学法科大学院で提供されるカリキュラム・学科目において、十分以上に確保されているものと考えております。
その意味では、晴れて入学された皆さんは、私どもの提供するカリキュラムのもとでの教育を信じ、この2年間あるいは3年間、積極的かつ意欲的な学習に取り組んでいただきたいと願うところです。
そのうえで、この入学式の場でのあいさつにあたり、法科大学院長として、皆さんに対し、いくつかのお願いと希望があります。4つほど申し上げます。
5. 第1は、真摯に、ひきむきに、かつ、積極的に、日々の学習に取り組んでいただきたいということです。
法科大学院の授業は、事前に示される課題に対して、皆さんが十分な予習をしているという前提でおこなわれます。先生から授業を聞いた後でわかればよいではないかという、受け身の姿勢では通用しません。先生の話をノートに美しく書きうつして、自分がわかったつもりになるというのは、なんとも悲しいことです。
とはいえ、この「予習をして授業に臨む」ということは、とりわけ、未修者の方々にとっては、最初は大変な作業であると思います。しかし、未修者であれ既修者であれ、何も調べずに、何も読まずに授業を受けることほど、無益なことはありません。わからないなりにも予習をし、ひたむきに考え、疑問点を教員の先生にぶつけるという姿勢で授業に参加してください。
真の理解は、自らの頭で問題を発見し、自らの頭で考え、自らの言葉で表現し、かつ、他者に伝達することができることによってはじめて獲得されるものです。みなさんには、是非とも、こうした能力を、予習・授業への参加、そして復習を重ねるなかで、磨いていただきたいと願う次第です。
6. 第2は、京都大学法科大学院の教育目標の1つとして掲げていることですが、皆さんには、法科大学院での学習を通じて、高度の理論的知見に裏付けられた、創造力豊かな法的思考力をはぐくんでいただきたいということです。
理論と実務の協働をいくら声高に叫ぼうとも、また、「実務にすぐ役立つ教育」などということをいかに正面に出そうとも、確たる理論の裏付けのない実践など、中身のない茶番劇にすぎません。ひとりよがりの中途半端な理論的知識も、内容に対する理解がないままに丸暗記したものを述べただけの上滑りの弁論も、これからの法曹には必要とされません。法的思考の欠片もない――ましてや、一片の教養すら感じさせない――どこかの何かをただ単に意味もわからず引き写しただけの説明など、こちらから願い下げです。
ある方の言葉を一部借用して申し上げれば、法科大学院制度発足前、当時の受験生たちには、ひたすら受験技術を身につけることに邁進し、基本書すら通読することなく、パターン化された答えを丸暗記するような勉強ばかりを積み重ねるという、それぞれの法律分野の実質的な理解に裏打ちされないマニュアル依存の傾向がみられました。このような状況を打破するべく、良質の法曹を提供するために、地に着いた理論を提供しようとしている法科大学院において、しかも、京都大学法科大学院においてすら、近年、旧司法試験時代末期にみられたこうした見当違いの方法で勉強をすることでその場を凌ごうとし、結局は失敗するという学生が、わずかではありますが、みられるようになりました。大変嘆かわしいことです。
皆さんは、確かな理論と確かな知識を基礎として、複雑・多様な事案を前にしても、創造力をいかんなく発揮して的確に分析し、判断することのできる能力を、この2年ないし3年間で是非とも身につけてください。皆さんに求められているのは、正確な理論に裏付けられた、創造力豊かな思考能力であるということを、法科大学院での教育を受けている間だけでなく、将来においても、決して忘れないでください。
7. 第3は、皆さんには、京都大学法科大学院での学習を経て、将来、法曹界において、社会を担って立つ人間となって羽ばたいていただきたいということです。
京都大学法科大学院では、法の担い手となって、社会において指導的役割を演じることのできる、真の法的思考能力を備えた法律家を養成するという目標を掲げています。私どもは、司法試験に合格したあとの、実務家としての将来の活動を見据えた法曹養成教育を、法科大学院の教育課程で実施するため、教育カリキュラムを編成し、科目内容を設定しています。皆さんには、そうした充実した教育を受けて、人々から、そしてまた社会から信頼される弁護士となり、裁判官となり、あるいは検察官となって、今後のわが国の司法を担っていただかなくてはなりません。
さらに、皆さんには、法科大学院で学ぶことを通じて、法曹としてのあり方、法曹のもつ社会的役割を認識し、国民の幸福と、よりよい社会の実現に積極的に貢献していただくよう、願うところです。
加えていうならば、「法の担い手となって社会において活動する」ということは、当然のことながら、お1人お1人が、人間としても、きちんとした社会常識・素養を備え、人々と共に生きることのできる協調性を備えているのでなければなりません。勉強さえできればいいというのでは、人間として失格です。このことをしっかりと自覚し、これからの大学院での生活に臨んでください。
8. 第4は、法科大学院からの進路としては、実務法曹としての道だけでなく、研究者としての道も開かれているので、少しでも関心のある方々は、ぜひ前向きに考えていただきたいということです。
皆さんのなかには、法科大学院に入学される前から、あるいは法科大学院での授業を受けるなかで、将来、自分は研究者としての道を歩んでみようという志を抱く方も少なからずいらっしゃるのではないかと思います。
京都大学法科大学院では、法科大学院に修了した後に、本研究科の博士後期課程へと進学し、法律専門科目について研究を始める方々のために、研究者養成目的に出た特別の教育カリキュラムを用意し、また、個々人に対する経済面での支援措置も用意しています。
この国の将来を考えるうえで、次世代の法学研究者を育てていくということは、わが京都大学法学研究科にとって、法曹養成に勝るとも劣らぬ重要な責務です。その意味で、皆さんには、ぜひとも研究者としての道にも大きな関心を寄せていただきたい。本日入学された皆さんのなかから、将来のわが国の法学研究を担う多くの人材が輩出されることを、期待してやみません。
9. 以上、私からのお願いとして、4つのことを申し上げました。皆さんの先輩方は、新司法試験実施後、この5年間で、600名余りが司法試験に合格され、そのうち、500名近くが、既に、弁護士・裁判官・検察官として第一線で活躍しています。その多くは、実務法曹界できわめて高い評価を受けています。先輩たちにできることなら、皆さんにもできないことはありません。
京都大学法科大学院での学びの機会を活かして、学習の成果を積み重ね、また、人間として一回り大きくなって、社会に育っていっていただきたいと、心より期待しています。
10. 最後になりますが、京都大学法学部で35年前に学んだ先輩として、ひとこと申し上げておきたいことがあります。
皆さんは、京都大学法科大学院入試に合格されましたが、そのことは、けっして、皆さんが人間として優れているなどということを意味するものではありません。舞い上がってはいけません。京都大学法科大学院生であることを鼻にかけて天狗になるなど、論外です。他人のことを思いやる気持ちのない人間、他人の痛みや苦しみを理解できない人間、ルールを平気で無視する人間に、法を語る資格はありません。
法の担い手になろうとする人間が、法の精神を体得していない者であってはいけません。社会に生きる人間として恥ずべき行動は、京都大学の中でも外でも、けっしてとらないようにしてください。これは法科大学院教育以前の問題でありますが、勉強さえできれば何をやってもよいというかのごとき態度をとる人間、他人の意見や他人がどう感じるかということに耳を傾けず、自己主張しか繰り返さない独善的で自分勝手な人間、平気で他人を言葉や行動で傷つけたり、見下したりする人間が増えつつある今日、皆さんは肝に銘じて、今後の学生生活をおくっていただきたいところです。
11. 明日からは、早速、授業が始まります。皆さんお1人お1人の夢を実現するため、受け身にならず、主体的に、手を抜かず、真摯に、しかし、けっして焦ることなく、これからの学習に取り組んでください。着実な一歩を重ねることが、皆さんの未来、そしてこの国の未来につながります。法科大学院長として、また1教員として、皆さんが充実した学生生活を送られるよう、期待してやみません。
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